Teddy's Household

最愛エアデール「テディ」(RIP) がくれた犬猫万歳生活。 テディの愛猫ズ「トビー&ゾーイ」と ケリーブルーテリアズ「ルーイ&さくら」と暮らす雑多な日々。Fukuoka → Michigan → Washington DC → New York → Tokyo → London
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# 犬連れ北フランスの旅(5月編)初日
5月と8月に北フランスに犬連れ旅行してきました。 まずは5月分から。


イギリスに住んでいると、フランスとイギリスを犬連れで往復している人々によく出会います。そんな話をちょくちょく耳にしていたせいか、ずっと心の中でやってみたいと思っていたのでしょう。 イギリスの暗くジメジメした灰色の冬が終わった途端、突然「犬連れでフランスに行こう!」と思い立ちました。

幸いケリーズのEUパスポートは取得済み。 にゃんズを猫キャンプに入れてしまえば、後の心配はほとんどありません。(え、ダンナ? 休みを取れるかが定かでなかった為、立派な大人なんだし少しの間くらい自分の面倒はみれるだろうと期待せず、一人で勝手に予定を立てていたら、全行程10日間の1週間程は同行出来る事になりました。)

さて、旅の行程ですが、ポーツマスのフェリー発着場まではロンドンから車で1時間半くらいかかります。 ポーツマス近辺まで来ると、☜のような道路標識(これはネットで見つけた Isle of Wight 行き)があちこちに出ているので、それに従って行けば間違いなく着けます。

発着場に着いたら、自分達の乗るフェリー会社(この場合 Brittany Ferries)の高速道路の料金所のようなブースで車の中から出国手続きを済ませれば、イギリスから出る手続きはそれでお終いです。 が、ここで犬連れの場合気をつけなければならないのは、港には犬を散歩させる場所はないのでポーツマスに着く前にサービスエリアで犬のトイレ休憩を済ませておいた方がいいということ。 私達が犯した間違いでした。


フェリーに車を乗り入れると、サイドブレーキをかけて、アラームを解除して直ちに上のラウンジに行くように指示されます。 犬達は車中に残して行かなければなりません。


犬達を長時間車内に残しておくのが不安だったのでポーツマスから一番近い対岸のシェルブール(「シェルブールの雨傘」のシェルブールです)行きの高速フェリーを選んだため、渡航時間はたった3時間。 一眠りしたら着いたという感覚で、ケリーズも大人しく待っていてくれました。


シェルブールに着いたら、港を出る時にこれまた料金所のようなブースで車中から入国手続きを済ませます。 この時にはペットパスポートもほとんど見られず、フランス入国完了。 イギリス出国もフランス入国もあっけないほど簡単で、港から出てすぐのノルマンディーの田舎道も一見イギリスのそれとなんら変わりなく見え、本当に違う国に来たのか不思議な気持ちになりました。

続く・・・>

| comments(0) | trackbacks(0) | 18:34 | category: 遠出 |
# Virginia Water
またちょっと過去に遡って冬の話になりますが、サリー州にある Virginia Water という公園に行った時のことでも。


バージニア・ウォーターは、元は小川があった場所に18世紀に作られた人口湖を囲む公園で、ウィンザー・グレート・パークという、元々はウィンザー城の狩猟地だった5,000エーカーにも及ぶ広大な緑地帯の一部です。



これが人工湖かと目を疑いたくなるほどの規模。 実際、貯水池が作られるようになるまで、人口湖としては世界でも最大級のものだったそうです。 その規模と上空から確認され易い形故、第二次世界大戦中はウィンザー城への攻撃を回避する目的で水が抜かれていたんだそうですよ。



素敵なコテージ


19世紀初頭にリビヤのレプティス・マグナ遺跡から移設されたローマ時代の建築物


18世紀に作られた人口滝

大きい枝で遊ぶワンコと遊びたいさくら(が完全無視されるの図)


"I'm the King of the world!" のルイ


"ひゃっほう♪" と飛び跳ねるさくら


ぐるっと湖の周りを歩くだけで軽く2時間ほどの散歩になります。 きっと今頃は花が咲き乱れ、新緑が目に眩しい景色になっていることでしょう。 



| comments(0) | trackbacks(0) | 08:42 | category: 遠出 |
# イタリア:ローマ
1週間のクルーズの最終寄港地はローマ郊外のチヴィタヴェッキア。 「古代の街」という意味だという港町の起源は2世紀まで遡り、ミケランジェロが設計した塔を持つミケランジェロ要塞があったり、1612年には慶長遣欧使節団が上陸した縁で日本聖殉教者教会があったり、石巻市と姉妹都市だったりするそうです。 

が! 寄港時間が早朝だったこともあり、チヴィタヴェッキアは次の機会に訪れることにして、クルーズのコンシェルジュに手配してもらったタクシーに乗り一路ローマへ。 

3000年の歴史を持つローマ。 1000年以上も栄えに栄えたローマ帝国中心都市ローマ。 ローマ人にあらずば人にあらずとまで言われた洗練都市ローマ。 その知名度ゆえ何を言うまでもないローマ。 

初めて訪れたローマの感想は "I'm in love!"  街は美しく格調高く、人は陽気で温かく、食べ物は頬っぺたが落ちる美味しさ。 これ以上何を望めましょうか? 





 





 


  


 



 






 

 

 


 

 

 


 







| comments(0) | trackbacks(0) | 18:38 | category: 遠出 |
# イタリア:ナポリ
ポンペイツアーから帰って来たところ、出港までまだ3時間以上余裕があったので、港から出てすぐのナポリの街に出かけることに。

ヴェニス同様「ナポリを見てから死ね」と言われるナポリですが、今現在では「ナポリが死ぬ前に見ておけ」と言われるとか。 と言うのも、ゴミ処理場の建設が追いつかず、2007年以降未回収のゴミで溢れかえる汚物の街として知られるようになったからです。


幸い私達が訪れた時には未回収のゴミの山は見当たりませんでしたが、街中の壁と言う壁が落書きされていたのが目を引きました。


 


イタリアは北半島に富が集中していて、ナポリのような南半島部分は貧困層が大きく、失業率も犯罪率もその分高いと言われます。 街中を歩いていると、何もせずにたむろしている若者の群れが多く目につき、街の汚さも手伝って、観光客にとって決して居心地のいい街とは言えません。 

イタリアの財政危機に憂いを唱える若者達のデモ

しかし、折しも時期は金融危機を発端とした世界的不況の真っ直中。 イタリア国内では、ベルルスコーニ首相が退陣したばかりで、汚職事件の醜聞が新聞を賑わし、イタリアの財政状況が危ぶまれていた頃のこと。 もしかしたら、私達が見た気の滅入るようなナポリの姿は今特有のものなのかもしれません。 そう願いたいです。 (多分違うけど。) 正直、自分の意思でナポリに足を運ぶ事はもうないだろうと思わせられたほどガッカリしました。

しかーし!

腐っても(失礼)ナポリだってイタリア。 美食文化は健在です。

アンティパスティの盛り合わせ

もっちもちのナポリピザ

  
世界初のピザレストランと名高い Antica Pizzeria Port'Alba。 1738年から同じ場所でピザを作り続けているんだとか。 ここだけがナポリのハイライトでした。




さらば、ナポリ!




| comments(0) | trackbacks(0) | 21:57 | category: 遠出 |
# イタリア:ポンペイ
コルフの後の航路は、アドリア海/イオニア海をイタリア半島めがけて突っ切り、シリチア島とイタリア本島の間にあるメッシーナ海峡を通って地中海へ抜けるというコース。


メッシーナ海峡は、場所によっては幅が3kmしかない為、航海に慎重を要する場所です。 こんな狭い場所でイタリアの客船コスタ・コンコルディアのように座礁してしまったら海峡を塞いでしまいかねません。


閑話休題。


次の寄港地はソレント・・・の予定が、急遽ナポリに変更。 景勝地として名高いアマルフィ海岸の玄関口というソレントを訪れるのを楽しみにしていたので、ちょっと残念。

とりあえず、ナポリからだと車で30分ほどしか離れていないポンペイの遺跡ツアーに参加。 ポンペイは、言わずと知れた、およそ2000年前のヴィスヴィオ火山噴火で火砕流に飲み込まれ地中に埋もれた街。 


 
お金持ちの家の跡
 



整然とした石畳


石に深く刻み付けられた轍の跡

石にこれだけ食い込んだということは、それだけ沢山の馬車が通ったということ。 最盛期には2万人が暮らし、飲食店などの店舗も数多くあったというポンペイの街の繁栄ぶりが分かります。

 
街道沿いの店の竃 と 石畳の間にはめ込まれた反射板

街灯もなく夜が暗い時代、月明かりや松明で道が光るように石畳の間に白い石が埋め込まれていました。 夜の街も人けが絶えないほど賑わっていたということでしょう。

 
当時は地中に埋め込まれていた鉛製の水道管が、あちこちにあった共同水場に水を引いていました。

現代技術にも劣らないローマ帝国の上下水道技術によって大量の水道水が使用可能だったポンペイの街。 清掃の為に常に道路に水が流れていたため、市民はこの大きな飛び石の横断歩道を渡って濡れるのを防いでいたそう。 衛生的且つ実用的。


そして、気になったのが、ここにも至る所にわんこがいたこと。


とあるお屋敷跡で出会ったこの2匹は私達のグループが気に入ったらしく、この後ずっとグループと行動を共にしてくれました。 

別に何をねだるわけではなく、只単に側にいるだけ。 ペットのような愛想はなく、かと言って野良のような警戒心もなく。 お屋敷跡にはもう一匹小さなメスがいて、そのコは人に吠えまくっていましたが、それは仔犬を育てていたからで、多分普段は大人しいのだろうと思います。

常にふたりで寄り添って生きているような雰囲気のふたり

調べてみると、野良犬の姿はポンペイの遺跡にここ何十年も見られたものの、2009年からチャリティ団体が軸となり市と協力して野良犬達を保護し始め、マイクロチップと首輪を装着し、名前を与えて里親探しをしていることが分かりました。 ほんの少し前までは野良犬の数はもっと多かったらしいですが、私達が見たのは数頭だったので活動は実を結んでいるようです。

ポンペイの犬達の保護活動団体のリンクはこちら(イタリア語)


 
発掘時に発見された空洞が埋められた人間が腐って出来たものであることに気が付いた考古学者が石膏を流し込んで作った人形(ひとがた)。 毒ガスを吸わないようにしゃがみこんで顔に手をあてたまま息絶えた人、苦悶の形相で息絶えた人、色々です。 ポンペイの街にいた人々が、時速100kmでポンペイに到達したと言われる火砕流から逃れる術はありませんでした。



今現在は噴火活動がないヴェスヴィオ火山を背景に

発掘済みの市街地の外れ

18世紀に始まった発掘作業により6mほどもあった溶岩や堆積土を取り除き、現在では元の街の50%ほどが地表に顔を出しているんだとか。 考古学者の間では残りの50%は後世の為に手付かずで残した方がいいという意見が多いらしく、既に発掘済の箇所が主に研究対象になっているようです。



| comments(1) | trackbacks(0) | 14:39 | category: 遠出 |
# ギリシャ:コルフ島(ケルキラ島)
アドリア海を更に南下し、次の寄港地はギリシャのコルフ島。 コルフ島もまた500年以上もヴェネチア共和国の統治下にあった歴史を持つ島で、旧市街は世界遺産に登録されています。



 
 
 

ヴェネチア様式の建造物は一部にしか残っておらず、現存する旧市街の建造物の70%が19世紀にイギリスの統治下にあった頃の新古典主義様式だそうで、確かに今までの街のような既視感はなかったかも。 「かも」と言うのは、シーズンオフでほとんどのお店が閉まっていて余り見る所がなかったため、街の一部しか徘徊していないから。 

手入れの行き届いていない建物も多く、街に活気がない時期とギリシャの経済破綻という背景もあって、一大観光都市と言う評判から想像していたのとは随分違うどことなく荒廃した雰囲気を感じたのは気のせいでしょうか。 シーズン中に行ってみたいものです。

 
タコのマリネと子牛料理

とりあえずギリシャ料理は食べました。タコがむっちむち。

 

そしてここにもまた放し飼いワンコ達がゴロゴロいて気になるったら。 道の真ん中で無防備に寝ていたり、街中をダッシュで駆け抜けて行ったり、道端に佇んでいたり、誰かの飼い犬なのか半野良なのか良く分からないコがいっぱい。



港にもゴロゴロ。 痩せ細っているわけではないし、誰かに面倒は見てもらっているのでしょうけれど、目に飼い犬のようなキラキラした光がないので野良なのかもしれません。 頑張って生きろよー。




| comments(0) | trackbacks(0) | 22:42 | category: 遠出 |
# モンテネグロ:ペラスト&コトル
次の寄港地はモンテネグロ。 険しいフィヨルドに囲まれた景観が印象的なコトル湾に入ります。


モンテネグロにフィヨルドがあるなんて知ってました?? モンテネグロ(Montenegro)とはヴェネチア語で「黒い山」の意で、ヴェネチア共和国の支配下に置かれた中世に付けられた名前です。 アドリア海からコルト湾から入るとすぐに目に入って来る険峻な山々の姿がこの国そのものというわけです。


まずは中世の街並が残る小さな町ペラスト。 人口600名未満でホテル兼レストランが一軒しかない鄙びた町ですが、中世の頃にはヴェネチア共和国の海軍学校を擁し、海軍・海産業の要衝として栄えていたそう。 ヴェネチア共和国の崩壊後衰退の一途を辿り、観光地として活気が出て来たのは極々最近のことなんだとか。 

 

ところどころにある廃墟は、1979年にモンテネグロを襲ったM7の地震の破壊の跡。 未だ再建されていないのは、やっと最近になって政府から復興援助資金が出たからだそうです。 ユーゴスラビアから独立したのは2006年と割と最近のことなので、長く続いた社会主義政権下では制約が多く中々復興もままならなかったよう。 あと数年もすれば、町は完全に元の姿を取り戻すでしょう。

 

ペラストの小さな港から船に乗り、町の対岸にある人口の島へ。 2つある人口の島の一つには修道院、もう一つには「岩礁の聖母」(Lady of the Rocks)と呼ばれる教会があり、教会は見学が許されています(要予約)。 


船乗り達が航海から無事に戻る度に石を投げ入れ島になったと言われる場所に建つ「岩礁の聖母」教会は、小さいながらも信者からの寄進と豪奢な装飾に埋め尽くされていて、いかにも地域の人々に愛されてきたらしい美しい教会です。

 


最近修復されたばかりという教会内部は絢爛豪華


 

ヴェネチア共和国の影響を受けた建築様式が一目瞭然なペラストの町


*******


お次はコトル旧市街。 船が真向かいの小さな港に停泊していたので、道を渡ったらすぐそこというお手軽さ。 
 
コトルもまたユネスコの世界遺産に登録されている中世の要塞の街です。 4世紀の間ヴェネチア共和国の支配下にあった為、市街の建造物はヴェネチア様式の特徴がありありと見え、今まで訪れた街々の姿とダブってデジャ・ヴュ。 ヴェネチア共和国って本当にアドリア海沿岸に絶大な影響力を有していたのですねぇ。



街の裏は険しい渓谷で守られた天然の砦

 

コトルの街も1979年の震災により大被害を受け、街の半分が被災して100人以上の死傷者が出たそうです。 復興はされているものの、街は全体的になんとなく薄汚れていて、光り輝いていたドブロブニクの後の訪れたせいもあり、なんだか色褪せて見えました。

 

この街もまたわんこにゃんこだらけ

 

ドブロブニクの犬達は飼い主と一緒だったけれど、コトルの犬達は放し飼い。 猫達はドブロブニク同様飼い猫というよりは地域猫っぽかったです。 ドブロブニクの猫達は触れるコも多かったけれど、ここの猫達はもっと警戒心が強かったし。 国や街としての裕福度=余裕度の違いでしょうか。

コトル市街の夜景。 

夜には街を取り囲む城壁がライトアップされるので、コトル市街の大きさが丸わかり。 こんなに小さな街が、数々の侵略や天災や変事を乗り越えて2200年以上もこの地に踏ん張ってきたんですねぇ。



| comments(0) | trackbacks(0) | 00:07 | category: 遠出 |
# クロアチア:ドブロブニク
次の日に訪れたのは、ここもまた世界遺産に登録されているドブロブニク。 「アドリア海の真珠」と称される、紺碧の海を背景に白壁と赤い煉瓦屋根の街並が光り輝くように美しい、本当に宝石のような街です。 ジブリ映画「魔女の宅急便」の舞台にもなったとか。

1991年にクロアチアやスロベニアが独立宣言をしユーゴスラビアが崩壊した時、モンテネグロ・セルビアによって7ヶ月間包囲攻撃された傷跡もユネスコのガイドランによって忠実に修復され、ほとんどその痕跡をとどめていません。



 

城門をくぐると15世紀の大きな噴水 Onofrio's Fountain があり、昔旅人はまずそこで身を清め街に入ったんだとか。


 
1991年の包囲攻撃の時の生々しい銃撃の跡


 

わんこにゃんこだらけの街

 


 



 



 


 


 

1900mもある城壁は歩くだけで30分ほどかかるし、日射しを遮る場所がほとんどないので夏場は地中海性気候の強い日差しから身を守る工夫が必須かと思いますが、数々の絶景ポイントがあるためドブロブニクでは必訪の場所です。 



アドリア海の珠玉ドブロブニク。 是非また訪れたいと思いました。



| comments(3) | trackbacks(0) | 00:16 | category: 遠出 |
# クロアチア:トロギール
最初の寄港地はクロアチア。 名もないような小さな湾に停泊して、希望者はバスで世界遺産に登録されているトロギールの旧市街へ。 

 

2300年もの歴史を持ち、数々の侵略と破壊をくぐり抜けてきたトロギールの街はアドリア海に浮かぶ小さな島で、中心部は更に堅牢な城壁に囲まれています。


 


 

迷路のような石畳の道を抜けて中心部の広場に出て来ると、街一番の大きな建造物である聖ラウレンティウス教会があります。 13世紀から17世紀に亘って建設が続けられたため、ロマネスク=ゴシック建築の粋が集められている美しい教会です。


 
正門はクロアチアが誇る芸術家ラドヴァンによる彫刻

天井から逆さに世界を見つめる神様

15世紀のカマルレンゴ要塞

トロギールの現在の産業の50%は観光業で成り立っており、夏場は船遊びの観光客で賑わい、その分物価も跳ね上がるんだとか。 ガイドさんに「来るならオフシーズンがいいわよ!」と言われましたが、オフシーズンも冬に近くなるとほとんどのお店が閉まってしまうので、あと1ヶ月ほど早い10月なら良かったのかもしれません。

帰りのバスの中で見たクロアチアの夕焼け

この夕焼け見たさに映画監督のヒッチコックがクロアチアにバカンスに来ていたという話を聞きましたが、信憑性のほどは分かりません。



| comments(0) | trackbacks(0) | 21:42 | category: 遠出 |
# アドリア海クルーズ:シーボーン
さてアドリア海クルーズ。

クルーズと言うものに余りいいイメージを持っていなかった私達。 動くテーマパークとか動くベガスとか聞くとギラギラしてそうだし、24時間バイキングサービスとか聞くとダイエットの天敵としか思えないし。 しかし、移動という面倒な手間を省いて色んな場所を廻れるのは確かに魅力的。 そこで、何か小さなクルーズはないかと検索したら、ありました、ありました、その名も Seabourn Cruise。 

シーボーンには1万トンか3万2千トン級の船しかなく、これはロイヤルカリビアンやセレバティと言った有名所の客船が16万トンから22万トン級である事に比べ、ヨットと言ってもいいぐらいのサイズです。(記事の一番下にサイズ比較の写真を載せています。)


私達が乗ったシーボーン・スピリットは1万トンのブティック・クラス。 1989年就航とシーボーンの船隊の中でも一番古く、それだけアメニティも少ないのですが、船客定員数208名に対しクルーが164名もいるため、痒い所に手が届くようなサービスを受けることが出来るし、ヨーロッパ周航のスケジュールも多いのが選択の理由です。 今回のクルーズは、ヴェニスを出てアドリア海をクロアチアとモンテネグロに寄りながら周遊し、地中海に出てギリシャのコルフとイタリアのナポリに寄り、ローマに着くという7日間コースでした。


シーボーンの船室は全てスイートと謳われていますが、私達の部屋は一番ベーシックな部屋だったため、普通のホテルの部屋のようでした。 クルーズと言えば海に浮かぶようなベランダ付きの部屋を想像しますが、この船体のベランダは人がやっと立てるくらいの幅しかない為、アップグレードの意味無しと判断しました。

ウェルカムドリンクのシャンペンで乾杯。



 




朝起きると次の目的地に着いているって便利。


さて、気になるお食事のことでも。


3カ所あるレストランの中では、メインダイニングルームのレベルが一番高かったです。 それだけフォーマルなので余りカジュアルな格好は出来ませんが、普通にレストランに食事に行く格好でOK。 タキシードにイブニングドレス着用という人はほとんど見ませんでした。 席の有無は事前に電話で要確認ですが、知らない人達と相席になるようなことはないし、スタッフもちゃんと名前を覚えてくれていてよく気が利くし、食事もワインも美味しいし、快適快適。 

 
 
 

確か夕食は6時くらいからで(何しろおよそ6ヶ月前の話なので記憶はちょっとあやふや)夜のエンターテイメント・ショーはラウンジで10時からというスケジュールでしたが、私達は日中はほぼクルーズが手配してくれる遠出に参加して一日中歩き回り、6時半ぐらい迄には夕食に出向いて夜の10時頃にはバタンキューという日課でした。


ちなみに、シーボーン・スピリットにはクルーズと言えばよく話に聞く「24時間バイキング」のサービスはありません。 24時間体制はルームサービスだけで(クォリティはイマイチ)、バイキングは毎日の朝食と、7日間のクルーズ中一度ランチであっただけ。 


しかし、そのランチの豪華なことったら!

 
 
 

バイキングは楽しくて大好きだけれど、これが毎日あると危険ですね。 一皿でやめておくのに強力な自制心を必要としましたよ。



おまけ:

寄港地の一つであるナポリに停まっていたセレブリティ・クルーズのエクイノックスとシーボーン・スピリットの大きさ比較。 港に降り立った時、目の前に停泊していたエクイノックスの余りの大きさに、一瞬港にマンションが建っているのかと錯覚したほどでした。



 



| comments(0) | trackbacks(0) | 03:14 | category: 遠出 |
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